名誉院長ごあいさつ

名誉院長

 昭和55年(1980年)に鹿児島大学第一内科を辞し、鹿児島赤十字病院及び県立宮崎病院を経て昭和57年(1982年)11月1日に、平和台病院に入職致しました。循環器専門医として活躍していた中島知徳先生(現理事長)及び、当時は全国でも数少ない糖尿病の専門医として診療や臨床研究家として有名であった故杉山悟先生に教えをいただき、医学医療に強い向上心を持った各種部門のスタッフの協力と後押しを得て、研究心を絶やすことのない医療に従事して参りました。入職した当時の平和台病院は80床という規模はかわりないものの、受診される患者さんの数は当時に比べて飛躍的に増え、4000名を超えるまでになりました。糖尿病が急増する時代であったことと、血糖値やインスリン測定の他、糖尿病療養に関する情報が極めて少なかった時代にいち早く糖尿病教室を開設するなど、患者さんが欲しいと願う情報を提供する手段を工夫していったことが、受診される方々の増加の原因になったと思われます。当時の糖尿病教室には平和台病院以外の医療機関に通院される患者さん方も多数参加しておられました。現在では県外からの患者さんの来院・入院も目立つようになりました。

放射線科及び放射線科専門医も加わり、内科の医師数も増えました。不幸にして腎不全に至った場合にも引き続きお世話をできるようにとの配慮から開始した人工透析は予想もしなかった速さで患者さんの数が増加しました。内科・放射線科が主の標榜ではありますが、壊疽や人工透析者の増加に伴ってそれらを治療するための血管手術にも対応できるようになりました。

常に糖尿病の最新の情報と治療を提供できることを目標に、医学・医療の臨床研究を絶やすことなく各種学術会議での発表を続け、認定されている糖尿病研修病院として研鑽と努力を続けることにより、地域医療への貢献をしていきたいと念じております。

医師 中村 周治